大盛りな人生

食事と生活

埋めるための食事のはなし

4月に急な異動があった。1日3食をきちんとした時間に摂ることができるのはとてもありがたい。規則的な生活を手に入れて、ずっと食事のことばかり考えている。

 

ひとつ前の職場にいたとき、人生で最もご飯を食べる余裕がなかった、ように思う。実家暮らしのわたしは母の作るごはんが大好きなおうちごはん派、でも当時は休みの日以外家でごはんを食べることはほぼなかった。

朝は食事を放棄してぎりぎりまで寝ていたかったし(出勤時間遅かったのになんでだったんだろう!)昼はとにかく空腹を満たすためだけの社食、夜は帰りが遅いからどこかに寄るか何か買って帰るか。休みの日も自発的には出掛けられずにひきこもっていた。冬だったし。

それでも仕事がある日唯一の楽しみはやっぱり食べることで、毎晩狂ったように深夜も営業しているラーメン屋やら居酒屋やら韓国料理屋やらで食べまくった。夜中に食べて消化しきる前に風呂に入って寝るので正直胃にもたれるしお世辞にも健康的とは言えないのも分かってたけどやめられない。それであるときふと気付く、空腹を満たすために食べに行っていたはずなのにいつのまにかお腹が減っていなくてもご飯を食べに足がお店へ向かっていることに。前はつよく感じていた食事をするときの高揚感がうすれてきていること、新しく行ってみたいお店がないこと、そういえば最近茶葉から紅茶を淹れていないこと、食べたい気持ちだけは強いのに食への興味がなくなってきていること。

 

わたしはいつもおなかと心を満たすために食べているけど、その頃に関してはなんというか精神的にも肉体的にも疲れて磨り減ってしまった部分を埋めるために食べていたのだと思う。埋めるのでいっぱいいっぱいだからそれ以上の感情が湧いてこない。プラスにならない食事。浪費?前みたいに楽しんで食事できてないって自覚してからも、食べるの自体はやめられなくて苦しかった。食べ物にすがるみたいに食べ続けた。

もう二度と抜け出せないと思っていた異常な食べ物への執着心は、お腹を壊してしばらく雑炊とやわらかいうどんしか食べられなくなったことをきっかけにあっけなく終わりを迎えた。食事に救いを求めたりすることはなくなって、前みたいに自分を幸せにするために食事をしている。むしろ前よりそのありがたみを感じるようになったかも。

まあそんなことはどうでもよくて、わたしみんなと遊びやすくなったからおいしいものいっぱい食べに行こうね!