大盛りな人生

食事と生活

犬王を観た!!!

犬王、初めて予告が公開されてからずーーーっと楽しみにしていたんですよ…!!

だって推しである女王蜂のアヴちゃん主演のミュージカル映画だよ!?他の出演者・スタッフも錚々たる面々、そんなの最高に決まっている!!

待ち焦がれて、今日やっと劇場に足を運ぶことができたのです。ヤッター!

 

それだけ期待して観たけどやっぱりアヴちゃんの歌とお芝居がとんでもなくよかった。音楽活動以外のところでも輝く推しを拝めて本当に幸せ。アヴちゃんも女王蜂の事務所もキャスティング決めた人もマジでありがとう。

 

でも!!アヴちゃんの歌は超よかったけど、あまりにもアヴちゃんの歌唱力に頼りすぎだったように思う。

 

今回、主人公である犬王のミュージカルシーンは「舞台上で物語を歌で語りながら舞う」シーンがほとんど。普通のミュージカルと比べたら圧倒的に歌詞が台詞というよりも"文章"なので客席に言葉をしっかり届けるのが難しかったと思う。それを少しでも聞きやすくするためだったのかもしれないけれど、同じフレーズの繰り返しとか同じメロディーを歌詞を変えて繰り返す、みたいな曲があまりにも多くて劇中歌のメリハリがなかった。

つまるところブチ上がらない!

曲自体はかっこいいし耳に残るんだけどクライマックスがない。ミュージカルシーンひとつずつ結構な尺があって、歌い手の表現力が凄まじいからギリなんとかなっているようなもので、アヴちゃんじゃなかったら絶対間がもたないよ〜〜〜ってハラハラした。とはいえ飽きちゃった人はきっといると思う。アガるかどうかってミュージカルの中ではかなり大事なところだと個人的には思っているのだけれど、犬王に関しては歌詞しっかり聞き取れた方が楽しめる映画なのかな〜という気もする…。でもやっぱりミュージカルだと思って鑑賞した時の物足りなさは絶対にあった。劇中歌で一番好きだったのは、ほんの数十秒のアカペラの曲だったな。

あと劇中歌についてもうひとつ、ギターとかドラムとかの音がギャンギャンに入りはじめてから現代音楽になってしまったのもわたしはあまり好きじゃなかった。作中の時代からしたら斬新な音楽なのだろうけれど映画を観ている自分たちからしたらかえって新鮮味がない。それまでの琵琶の音色がかっこよかったから余計残念に感じてしまう。女王蜂の火炎とか犬姫とかの方がよっぽどいい感じに和楽器を曲に落とし込んでるぞ!!作詞だけじゃなくて作曲もアヴちゃんにやってほしかった…!

 

推しに活躍してほしいあまり難癖をつける面倒なファンと思われてもおかしくない言動を散々してしまったけれど、言いたかったのは「ミュージカルを期待して観たら微妙だった」ということだけです。歌って踊って楽しい!では済ませられない映画で、アニメーションも声優陣も最高だった。視界の演出がとても好きだった。

 

そしていまサントラをがっつり聴き込んでいるのですが、これ曲も歌詞も分かった上でもう一回観に行ったらブチ上がるのかな〜〜〜〜。鑑賞後の勢いでわーっと書いちゃったけれどもう少し噛み砕いたら感想変わってきたりするのかな。

映画観るまでは…と思って他の人の感想とかなるべく見ないようにしてきていたけど今は他の人の感想がとても気になる。観たよ〜って人ぜひこっそり教えてください!

何度でも再演を求めて

劇場版 少女 歌劇 レヴュースタァライトが良すぎて。上映終了ぎりぎりまで映画館に通い続けると思うので上映終わってからまとめようと思っていたけれどクソデカ感情を抱えきれなかった。

 

 

※以下各レヴューの感想

※テレビシリーズ及び2021年劇場版のネタバレ含む

※ネタバレどころか個人的な感想がほとんど、正しさなど皆無

 

 

 

 

■皆殺しのレヴュー

初見で完全においてけぼりを食らったレヴュー。でも一番印象に残っていて忘れられなかった。

曲も大場ななもあまりにかっこよすぎる。6人相手に無双する大場なな。皆殺しのレヴューなんて物騒なタイトルだけど、これはみんなを舞台少女として蘇らせるためのレヴューだ。殺して、決着をつけさせて、再生産するための。

突然始まったレヴューに、舞台に上がる覚悟ができていない者は演じることも台詞を吐くこともできない。天堂真矢がばななに殺されなかったのは、あの中で唯一常に舞台に上がる覚悟があったから。反対に、正気に返って友人としてばななに声をかけた純那が一番最初に殺されてしまう。「なんだか強いお酒を飲んだみたい」という台詞、何度も何度も再演を繰り返すことで同級生たちよりも長い時間を過ごしてきたばななの成熟具合が滲んでいてすごい。

このレヴュー、歌詞に言いたいことがすべて詰め込まれていると思うのでぜひCD音源で聴いてほしい。何よりかっこいいので。

 

■怨みのレヴュー

これに関してはもう「犬も食わん」という感想しか出てこないんだけど、演出の曲のハマり方が素晴らしくてめちゃくちゃ好き。舞台装置もすごいよね。セクシー本堂って何ですか?

というかわがままハイウェイだけレヴュー曲というよりデュエットソングなんだよ。絶縁しようとしてるのにハモるな絶妙な掛け合いするな。え、練習した?息ぴったりすぎるでしょ。

息ぴったりなのは曲だけじゃなくてお芝居も。香子に詰められてたじたじになる双葉、本当に焦ってるところもあるだろうけど香子に合わせてる?香子がガンガン入れてくる演出に双葉が振り回されている印象も。香子に振り回されたり香子に合わせたりって、舞台上だけじゃなくて今までもずーっとそうで、それが今回爆発したのかな。

対決がデコトラなのもとても良い。ギラギラの装飾はふたりの見栄と意地。あんなに息ぴったりでお互いのことよく分かってるはずなのに、仲直りが清水の舞台から飛び降りるほどのことなんて、ほんとうにしょうもないわ。大好き。

 

■競演のレヴュー

シーンのテンションの移り変わりが凄まじいレヴュー。レヴューに参加する気なんて毛頭ないひかりを無理矢理引っ張り込んじゃうまひるの演出力がすごい。曲調が一転して「あなたが…」と詰められるところ、映画館の音響でこそ真価が発揮されると思う。怖すぎる。

大場ななに殺されてないひかりは、まひるに突き落とされて死んで、向き合うことから逃げていた自分の本音を引きずり出されて舞台少女として生き返る。レヴュー後の晴れやかな表情が印象的。

クッションに受け止められてからのまひるの歌声が優しすぎて泣いてしまう。歌詞も本当に良いんだよね。ネガティブなところを見せない優しいまひるだからこそ歌える歌だし、そんなまひるがドロッドロの負の感情を曝け出してきたのがこのレヴューのすごいところだと思う。あれ、「演じてた」って言ってたけど、ちょっと本気も混じってたよね?

 

■狩りのレヴュー

このレヴューがもう本当にすごいんだよ…。

皆殺しのレヴューではあんなにあっさりと殺していたのにも関わらず純那に対してしきりに自害を求めるばななは、殺せなかったのかそれとも自分自身で決着をつけさせなければ意味がないと思ったのか。最初は意識していなかったけれど、繰り返し観れば観るほど映画序盤で純那を見つめるばななの目の冷たさにぞっとする。華恋との稽古中に我に返ってしまったとき、電車内での会話中、皆殺しのレヴューで台詞以外の言葉をかけてしまったとき。

純那がななを圧倒しているように見える序盤、「言葉が背中を押してくれる」って、わかるよ、わかる。アニメシリーズで落ち込むばななを励ましてくれていた純那ちゃん。あの時、知ってる限りの偉人の言葉を引用して元気づけようとしてくれたんだよね。それで、ばななも最後には笑ってくれたよね。でも、あの時一番ばななを元気付けてくれたのはきっとどの偉人の名言でもない、純那ちゃん自身の言葉だったんだよ。

借り物の言葉を捨てて、自分自身の言葉で語り始めてから初めて純那ちゃんが名乗る演出がめちゃくちゃ熱い。ここからやっとレヴューの本番が始まる。歌詞とのリンクもすごい。諦めない純那と諦めてほしいばなな。ずうっと純那ちゃんに執着して純那ちゃんを見つめてきたばななの台詞に被せて「あなた今まで何見てたの」って歌が入るのめちゃくちゃやばい。攻撃力が強すぎる。

かつてオーディションで「わたしだってスタァになりたい!」とぶちまけて「スタァになる!」と言い切った華恋に負けてしまった純那ちゃんが、今回のレヴューで自ら主役を名乗り一身にライトを浴びる姿はあまりにも眩しい。ばななに共感しかないよ。泣いちゃうよね。

 

■魂のレヴュー

悪魔を演じる西條クロディーヌがイケメンすぎる。いつもかわいいのに!

クロちゃんに出し抜かれてセンターを取れなかった真矢様がようやく感情を表に出すのも、あなたは空っぽの器なんかじゃない、人間だと指摘するクロちゃんの台詞も大好き。クロちゃんが自分自身を殺して、生き返ってから名乗る演出も良い。真矢様もこのあと名乗ってレヴュー本番が始まるけど、「奈落で見上げろ、私がスタァだ!!」ってあまりにも理想の台詞で尊い。「今日のアンタ、今までで一番可愛い」に対しての「私はいつだって可愛い!」も理想的すぎて、真矢様は本当に期待を裏切らない…やはり神の器だったのか…?

あとこのレヴュー、戦ってる時の映像がダントツで良い。めちゃくちゃ動く。さすがのふたり。アニメシリーズではクロちゃんが真矢様を神格化してるくらいの勢いだったけれど映画では対等なライバル関係に進展していたの、お互いに成長しているのが伝わってきてよかった。

 

■最後のセリフ

一体どこから語ればいいのか…

舞台少女華恋のはじまりは、5歳の時にひかりがくれた手紙から。アニメシリーズの中で、ひかり自身「ちょっとした自慢のつもりだった」と言っていたけれど、本当にちょっとでも華恋の気を引きたかっただけだったんだなって映画でわかる。舞台少女華恋が生まれたと同時に、ひかりは華恋のおかげで舞台少女として生き返る。スタァを諦めようとしたひかりに、華恋が一緒にスタァになろうって、あまりにも無邪気に声をかけるから。

レヴュースタァライトは、悲劇・スタァライトの戯曲という一本の串が通った物語になっていて、劇場版のレヴューは皆殺し以外すべて塔を降りる描写でラストを迎えている。華恋とひかりも同じだけれど、過去と現在で立場が逆転しているのがとてもよい。

子供の頃は、スタァを諦めようとしたひかりを華恋が舞台少女として生き返らせる(=塔に幽閉されていたひかりを華恋が解放する)のに対して、現在の時間軸では次の舞台へ進めず舞台少女としての死を迎える寸前の華恋をひかりが救う構図へ。

他の全員が食らったトマトを食べずに死んでしまった華恋。トマトは単なる燃料?それとも野性の象徴?(トマトに対して、正しいかどうかに関わらず自分の腑に落ちる解釈ができていないのがとても悔しい、みんな思うところがあったら話してほしい)

そして再生産の演出が神。曲との親和性も素晴らしい。一番の糧は手紙だけれど、子どもの頃の華恋たちの手で燃料が焚べられるのとか子ども時代の思い出の中の景色が燃えていくの、思い出を糧にする描写だと思っていたのだけれど、何度か観るうちに「奪われてしまった普通の女の子としての生活」を燃料にしている描写では…?と思ってぞくっとした。舞台を観に行く日、ひかりがお迎えに来てくれた時の玄関の描写も怖かったんだよね。

そして毎度のことながら華恋の口上から一斉に照明が彼女の方を向くのも大好き。舞台少女のきらめきに応じて舞台装置やライトが動くっていうのを知って以来尚更。さらにひかりの口上(ひかりも自らスタァを名乗っていて尊い!)から抜群のタイミングで「あなたの目を灼くのはひかり」って歌詞が入って圧倒される。映像・台詞・音楽のフルコンボ。その後の華恋目線のひかりに対する描写も華恋の台詞もすごくいい。見たまま、感じたままを掬い上げた飾り立てられていない言葉に、観客であるわたしたちは華恋と同じ景色をみて同じ感想を抱く。

華恋の最後のセリフは華恋が舞台に立ち続ける理由そのもので、同時に華恋からしたふたりの関係性の変化を表すものでもあるはず。"ひかりちゃん"は憧れの存在であり一緒にスタァを目指す友達だったけれど、"ひかり"は明確なライバルだ。何度観ても泣いちゃうよ。

 

■なぜばななはレヴューを開演できたのか

大場ななは舞台少女たちの中でもかなり特殊な立場にいて、自身はスタァへの執着がない。他の子たちがスタァへの憧れからオーディションに参加していたのに対して、ばななは大好きな舞台の再演や同期の舞台少女たちへの執着でしか動いていない。その点から、ばななは舞台少女であると同時に舞台の開演を望む観客や主催者としての側面もあり、レヴューを開催することができたのかな。とは思いつつもすっきりと腑に落ちなくてもやっとする!

 

 

これは今のわたしから見たスタァライトだけれど、みんなから見たスタァライトも機会があったらぜひ教えてほしい。

何度もこの舞台を求めて劇場へ足を運ぶわたしも、きっと再演に魅せられている。

酢豚にパイン入ってるのってアリ?ナシ?

昨日みんなで美味しい中国料理をたらふく食べながらそんな話してた。わたしは酢豚にパインはあんまり好きじゃなくて、でも鶏肉のカシューナッツ炒めは大好き派。昨日食べたのも美味しかったな。

あと全然関係ないけど明日からフェスなんですね?初めて参加したフェスが酢豚にパイン云々だったのめっちゃ覚えてる。楽しみ。

 

さて、本日遅めの夏休み2日目、何も予定は入れていなかったけれど朝起きたらあまりにもいい天気だしもう家に篭っているのもすっかり飽きてしまったし、前から行ってみたいと思っていたお店に急遽行ってみることに。なんでもフルーツを使ったお料理をコースで楽しめるとか。そしてワインもしっかり飲めちゃうらしい。行くしかない。

 

予約してなかったからもしかしたら入れないかも…という不安を抱えつつ、なんとかちょうど開店くらいの時間に到着できて入店成功。思いつきの予定がうまくいくとそれだけでめちゃくちゃ嬉しいからたぶん一生やめられないと思う。コースは一種類、飲み物はなんとお昼からお酒のペアリングが頼める!!神さま!!!(ノンアルコールのペアリングもあった、すごい!)

最初の一皿は白桃と白蛤のロワイヤル(見た目は桃がトッピングされた茶碗蒸しみたいな感じ)、飲み物はスパークリング。何の気負いもなくわーい美味しそー!ってひとくち食べて、衝撃を受けた。

美味しすぎる。

あっさりしているように見えた茶碗蒸し部分は超濃厚。確かにスパークリング出してくれたとき、濃厚な料理に合いますって説明してくれてたけど食べて初めて実感としてわかった。濃厚さをさっぱりさせてくれるスパークリングとの相性。桃と一緒に食べると、また全然別のお料理みたいにすっきり味わえる。

なんだこれ!!!

その後もずっとすごかった。和牛の握りなんてあと10貫くらい食べたかったし(情緒がなくて本当に申し訳ない)勝手にワインペアリングだと思ってたら日本酒も出てきて本当に最高だった。そして全部おいしい。

ペアリングも含めて一番好きだったのは雲丹すだちそば。嫌いな食べ物はないのでなんでも食べられるんだけど唯一雲丹だけは今まで美味しいと思ったことがなくて、でも今回初めて心から美味しいと思えた。合わせてくれたのは氷を入れてキンっと冷やされた日本酒。雲丹と一緒に飲むと濃厚な味わいになるけれど、すだちの苦味と合わさるとすっきりした風味になるのが不思議で、でもどんな楽しみ方にもぴったりで、本当にずっと食べる手も飲み物に伸びる手も止まらなかった。(絞って取り上げたけどまーーじで全ての料理とお酒が美味しかった!!!!)

 

わたしは食リポなんてできないし、そもそもブログには味がどうこうよりも食事に伴う感情を残したいなと思っていて、今まで意図的に味が云々には触れないようにしていたけれど、今日の食事に関してはそこに触れずにはいられない体験をしてしまったなと思う。

勉強になったところはもうほんとうに沢山あるけれど、いち個人としては一番最初の一皿ってまじで大事だなっていうこと。いっちばん無防備な状態で食べた料理があんなに美味しかったからこそ、そのあともずっと食事に集中できたんだと思う。「フルーツを使った料理を出すお店」っていうコンセプトだったから、フルーツと一緒に食べるか・別で食べるか で大きく味わいが変わる一品が最初に出てくることで、お客さま側も「このお店の料理はこうやって楽しむんだな」っていうのが分かるんだろうな。

実際のレストランのオペレーションを考えたとき、「お客様をお待たせする時間をなくすためにまず前菜を出そう」っていうのは絶対にあると思うんだけど(オーダーブッフェ行ったときにも言われたもんね!)前菜って本当にそのコースの顔なんだって今日心から思った。

料理の説明もしっかりしてくれて、仕込みの状態とか調理風景の映像とかも交えながら解説してくれたのもとっても楽しかった!めちゃくちゃアホの感想だけど、わたしは美味しいものは美味しい!で完結させてしまう人間なので、「こういう調理の仕方をしています!」とか「こういう食材にこだわってます!」って説明をしてもらえると、「そういう工夫があってこその美味しさなんだ!!!」って分かって本当にありがたい。(そこまでしてもらえないと分からなくて本当にすみません)

あとお酒のペアリングも、食べ方によって味わいがガラッと変わるお料理それぞれに合っていてぜーーーんぶ美味しかった。苦手なお酒もないから、どの料理に何が合うかわからない自分にとってお料理に合うお酒をちょっとずつ種類豊富に楽しめるペアリングはやっぱり最高のシステムだ。普段自分では頼まないようなお酒も飲めて、新しい発見があるもんね。

 

食事って不思議で、それ自体が目的になるだけじゃなくて、誰かと会う口実だったり、堅めな会合の添え物であったり、その時々で役割が変わると思うのだけれど、ここは完全に料理そのものが目的になるお店だと思った。めっちゃくちゃ美味しかったから友達とか家族にも行ってもらいたいって思うけど、きっと次もその先もずっとひとりで足を運ぶと思う。

秋のコースもペアリングも、いまからとっても楽しみ。

 

bistro kiki harajuku

https://kikioishii.com

もう駄目かもしれん、アーメン

 

ラーーーーーーーーーーーーーーメン!!!!!!!!!!!

 

自慢にもならないけれどひきこもるのは大の得意だ。外出の「自粛」なんてクソくらえ、家が好きすぎてむしろ嬉しいくらい。楽しみにしていた予定が潰れてしまったことはめちゃくちゃ悲しいけれど、家で過ごすこと自体には全く抵抗がなかった、はずだった。

しかしここにきて、わたしの幸せおこもり生活に突如大きな壁がたちはだかる。

 

そう、ラーメン屋のラーメンが食べたい。

 

途中までは至極順調だった。外食はできないけれど、自分で準備すれば大したものではなくても食べたいものにありつけるという環境に満足していた。

 

でももう無理。

我が家はおうちでもラーメンを作って食べる家庭だけれど、それとは別。

おうちで作るたまご麺のラーメン、カップ麺、インスタントのラーメン、ラーメン屋さんのラーメン、フードコートとかパーキングエリアとかのちょっと雑めなラーメン、それらは全て違う食べ物でそれぞれに違った良さがある。

今わたしが食べたいのは、旨味が凝縮された特製スープに相性抜群な麺、肉厚なチャーシューはじめこだわりのトッピングが美しく盛り付けられたラーメン屋さんのラーメン。他の類のラーメンでは代用がきかない。食べたい。

普段お世話になっているラーメン屋さんもお客さんが減ってしまっていてきつい状況だろうと思うと尚更行きたいけれど、自分や身近な人、家族の健康と万一何かあったときに言い逃れできなくなることを恐れて足を運べずにいる。苦しい。

 

おうちで作れるラーメンセットを販売してくれているお店もあるので、今度出勤するとき帰りがけに寄ってみようと思っている。そう考えるだけで少し救われるからやっぱり先の楽しみをつくるって大事なんだな。それまで頑張って生きようね。

 

でも本当に限界なのでとりあえずカップ麺食べます。

活字の食べ物のはなし

いつも通りTwitterを眺めていてパッと目に入ってきた投稿、最果タヒさんの詩の展示を写した画像が載っていたんだけど、それを見て「そうだわたしが突然演劇サークルに入ろうなんて思ったのはこういうのがやりたかったからだった!!」って衝撃を受けた(きちんと日本語で説明できないところがダメなところってちゃんと分かってはいる)。

その、わたしが演劇とかでやりたかった表現が人間の身体を介さずに活字のみでなされているのに感動半分やるせなさ半分という感じで、でもまあ活字には活字の良さがあるからなあというところで自分の中では落ち着いた。

 

それとはだいぶ話がずれちゃうんだけど、活字を通してみるたべものって一番おいしそうだったりしない?

雑誌とかに載っている人気店のおすすめ料理の紹介だったり、あるいは物語の中に登場する料理、文字で綴られた食欲と想像力を掻き立てられるたべものに、現実のたべものは敵わない。

空想上の料理とかだったらモーーーー絶対美味いけど食えんからわからんとにかく絶対美味い!!!終わり!!!だけど、実在する料理でも一度すばらしい活字の表現を通して見てしまったらその想像を超えることはできない。と、思う。あの現象はなんなんだ。でも体験できない食事経験を与えてくれるからこそ活字のごはんがめちゃくちゃ好き。具体例が出てこないのがほんとにだめですまん

埋めるための食事のはなし

4月に急な異動があった。1日3食をきちんとした時間に摂ることができるのはとてもありがたい。規則的な生活を手に入れて、ずっと食事のことばかり考えている。

 

ひとつ前の職場にいたとき、人生で最もご飯を食べる余裕がなかった、ように思う。実家暮らしのわたしは母の作るごはんが大好きなおうちごはん派、でも当時は休みの日以外家でごはんを食べることはほぼなかった。

朝は食事を放棄してぎりぎりまで寝ていたかったし(出勤時間遅かったのになんでだったんだろう!)昼はとにかく空腹を満たすためだけの社食、夜は帰りが遅いからどこかに寄るか何か買って帰るか。休みの日も自発的には出掛けられずにひきこもっていた。冬だったし。

それでも仕事がある日唯一の楽しみはやっぱり食べることで、毎晩狂ったように深夜も営業しているラーメン屋やら居酒屋やら韓国料理屋やらで食べまくった。夜中に食べて消化しきる前に風呂に入って寝るので正直胃にもたれるしお世辞にも健康的とは言えないのも分かってたけどやめられない。それであるときふと気付く、空腹を満たすために食べに行っていたはずなのにいつのまにかお腹が減っていなくてもご飯を食べに足がお店へ向かっていることに。前はつよく感じていた食事をするときの高揚感がうすれてきていること、新しく行ってみたいお店がないこと、そういえば最近茶葉から紅茶を淹れていないこと、食べたい気持ちだけは強いのに食への興味がなくなってきていること。

 

わたしはいつもおなかと心を満たすために食べているけど、その頃に関してはなんというか精神的にも肉体的にも疲れて磨り減ってしまった部分を埋めるために食べていたのだと思う。埋めるのでいっぱいいっぱいだからそれ以上の感情が湧いてこない。プラスにならない食事。浪費?前みたいに楽しんで食事できてないって自覚してからも、食べるの自体はやめられなくて苦しかった。食べ物にすがるみたいに食べ続けた。

もう二度と抜け出せないと思っていた異常な食べ物への執着心は、お腹を壊してしばらく雑炊とやわらかいうどんしか食べられなくなったことをきっかけにあっけなく終わりを迎えた。食事に救いを求めたりすることはなくなって、前みたいに自分を幸せにするために食事をしている。むしろ前よりそのありがたみを感じるようになったかも。

まあそんなことはどうでもよくて、わたしみんなと遊びやすくなったからおいしいものいっぱい食べに行こうね!

 

 

肉食のひと

『CARNIVOR』というワインをご存知だろうか。カーニヴォ。「肉専用ワイン」「黒ワイン」を自ら名乗り、それに恥じることなくこってり濃くて美味しい赤ワインである。ワインの濃さをアピールするこの宣伝文句はかなり強気というか人を選びそうな内容ではあるものの、その実しっかり濃いけれど渋くはなくむしろ甘いくらいで超まろやかな飲みやすいワインなのだ。ちなみにカーニヴォというのは「お肉が大好きな人」や「肉食獣」を表す言葉でありエチケットには肉食獣の爪痕をイメージした傷の模様があしらわれている。おしゃれ〜!

 

ちなみにそんな肉専用ワイン、取扱店はおそらくあまり多くないと思われる。もちろんAmazonで購入すれば最安値でソッコー自宅に届く訳だけど、こればかりはワインだけが手元にあってもどうしようもない、そう、美味しいお肉が一緒にないと!!!

そんな中わたしは見つけてしまった、めちゃくちゃご近所の深夜まで営業しているおいしい焼肉屋さん、なんとカーニヴォを置いている…!

 

実は去年そのお店で禁断の1人焼肉デビューを果たしてしまい、それについても書きたかったのだけれど上手く文章に起こせないままお蔵入りになってしまった。1人焼肉を経て得たのは、焼肉は自分で調理する(つまり肉を焼く)という過程が必ず加わるため1人だとその間が寂しいためハードルが高い(わたしは食べながら焼いて飲み食べるのを繰り返すので関係ない)のではという見識である。前に食事と対峙することについて書いたけど1人焼肉は対峙というよりもはや戦いだ。肉の焼け具合を見つつ、次に何を焼こうか何を飲もうか考える、一歩間違うと肉は焼けすぎて死ぬし、食べる順番が実は大事だったりして焼肉はけっこう奥が深い。

友達や家族と焼肉に行ったらそんなことは気にせずとにかく焼いて食ってを繰り返すしその方が楽しいと思うけど、いろいろ考えながら自分だけのペースで飲み食いできるのは1人焼肉の醍醐味なんじゃないかと思う。とてもとても良い。

 

話は戻って、カーニヴォ、置いてはあるけれどボトルだけでグラス単位での販売はない…!

チキンなので足を運ぶたびボトル販売の表示を見てはうなだれて帰るを繰り返したのち、今日勇気を出して余ったワインを持ち帰ることは可能か伺ったところ全然いいですよーとの答えが!!!ありがとうございます!!!!!

 

すぐに注文してお肉と一緒にいただく!めっちゃおいしい!!!!!!

カーニヴォの公式ホームページにはおすすめのマリアージュ…みたいなのが載っててハンバーグだとかステーキだとか書いてあるんだけど、個人的には断然赤身のタレ焼肉との相性が最強だと思っていたので試してみたんだけど本当に最強だった。しっかりしたお肉とタレとワインの甘み…。脂のりのりのお肉もまろやかにしてくれそうだな〜。残ったワインは持ち帰らせてもらったけどこれ果たして家庭で食べる肉でその真価を発揮できるのだろうか。若干疑問ではあるけどおうちで飲むのもとっても楽しみ!おにく!!